グアム旅行より 島の歴史について

ラッテストーン、スペイン古橋、太平洋戦争国立公園・・・
グアム島1周ツアーやレンタカードライブなどでグアム郊外を走ると
いくつかの史跡をみることがある。
このページではその島の歴史について紹介します。
ちょっとでも歴史を知れば旅をより楽しめるかもしれない。


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グアムの歴史を5つに分けてみました。

古代チャモロ人時代(紀元前1000年以上前〜16世紀)
スペイン植民地時代(16世紀〜19世紀)
アメリカ統治時代(19世紀〜1941年)
日本占領時代(1941年〜1944年)
現在に至るまで


古代チャモロ人の時代

グアムの先住民族はチャモロ人
現在のグアムはアメリカの準州であるが先住民族はチャモロ人というポリネシア系の民族である。
紀元前1000年以上前にフィリピンやインドネシアなど東南アジアから渡ってきたと言われている。
ただ、文字をもたなかったため謎も多い。古代時代を語っているものはラッテストーンという石柱
土産の菓子箱に描かれていたり、小さな飾り物として売られている他、旅行者が集まるようなホテルに
その模型が飾られていることもあるので目に付くと思う。また、首都ハガニアのラッテストーン公園や
郊外の田舎にポンと見かけることがあった。他にもイナラハンにはゲフ・パゴ村という古代チャモロ人の村や
壁画が描かれているというガダオ洞窟がある。
ちなみに紀元前1000年といえば日本の縄文時代 紀元前4世紀ころから弥生時代となる。


古代チャモロ人の遺跡「ラッテストーン」(ハガニア)

    
イナラハンにある「ゲフ・パゴ村」        イナラハンにある洞窟壁画


スペイン植民地時代

1521年マゼランが上陸
1521年に世界1周のときマゼランがグアム島を発見 ウマタックにはマゼラン上陸碑がある。1500年台後半にはスペイン
の植民地となる。それを象徴させる史跡、建物は多いが、その一つは教会ではないか?植民地時代に布教活動も行われ
現在も島民の多くは熱心なキリスト教徒であり、郊外の村の中心部に教会があるということも多い。
私自身 教会を拠点に村歩きをしたこともある。しかし、実際はスペイン人とチャモロ人との間に亀裂があり、
戦争も勃発 銃を持つスペイン人に対し武力で劣るチャモロ人は追い込まれ激減したという。
ちなみに日本では1560年織田信長が桶狭間の戦で今川を討ち取る。1582年本能寺の変が起こった。

       
村の中心に教会が建っていた。「イナラハン」     スペイン統治時代の砲台「ウマタック」

アメリカ統治時代

米西戦争でアメリカ領土になる。
1898年に米西戦争によりスペインが敗れグアムはアメリカ領となる。チャモロ人の生活もアメリカ的となってきた。
日本では1868年に明治時代となり、1894年日清戦争勃発 1904年日露戦争勃発

日本占領時代

日本軍のグアム上陸
1941年日本軍はグアムを上陸しグアム占領時代がはじまる。日本文化の強要されることとなった。
ハガニアは明石というように日本名も使われた。その後1944年にアメリカ軍の上陸、多くの犠牲を払った激戦が
おこなわれ、アメリカ領土となった。今も当時の史跡や慰霊碑が多く残る。

       
   アサンは太平洋戦争中の激戦地であった。   ジーゴにある慰霊公苑 日本軍最後の司令部

現在に至るまで

アメリカの準州
1950年にグアムはアメリカの自治属州となった。大統領の選挙権はないものの、アメリカの市民権や自治権を持つ。
主な産業はアメリカ軍基地にかかる産業と主に日本人旅行者による観光産業である。


リゾート地としてのグアム「タモン」





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注意
09年9月の旅行経験から12月にまとめました。
なるべく多くのニーズに応えようと努力はしていますが主体的な部分や
実際と異なる点、今後の状況の変化も考えれます。
自己責任のもとでの調査をお願いします。