京都旅行より

2.何故この地に都が誕生したのか

「永遠の平安」を祈り築かれた都「平安京」
国防や交通、そして風水などいろんな理由が
あると言われている。京都の地形や造りから
その理由についてまとめてみました。



京都の東側に流れる川「鴨川」
(今はきれいに整備されているが)












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京都の地図


1.国防上の関係

上の地図を見て分かるとおり、京都の北側 三方向が山に囲まれている。
さらに東に鴨(賀茂)川、西に桂(葛野)川が流れ、南で合流しており
、自然の城の形になっているのだ。


嵐山にて
(北側は山に囲まれていることを感じる)


2.交通の要所でもある

西川には山陰方面への道、東側には琵琶湖方面への道、
そして鴨川、桂川から淀川へとつなぎ 大阪方面への水路もつなぎ
そこから瀬戸内さらには四国や九州へと向かうことができる。交通の便もよかったのだ。
なるほど 京都は内陸部に位置しており、水運の便は悪そうに思えたが
豊臣秀吉や徳川家康の時代は京都の南 伏見は港町として栄えた歴史もある。
桂川や淀川は昔は重要な水路であったことを想わせる。


伏見近くにて
(水運が盛んであったことをうかがわせる)


3.風水の影響

日本は風水の影響を受けている都市が多いと言われている
 風水では四神相応に基づいた土地がふさわしいと言われている。
四神相応とは東を青龍、西を白虎、南を朱雀、北を玄武の四神とし
青龍は川や渓流 白虎は街道 玄武は大地 朱雀は低地 である。
京都には大内裏(今はない)からみて東に鴨(賀茂)川、西に山陰道、北に船岡山
南に巨椋(おぐら)池(干拓により今はない。地名は残る)があり、その条件を満たしていた。
ちなみに、昔、鴨(賀茂)川は京の真ん中を流れていた言われている。
条件を満たすために無理な工事をして川の流れを東川に変えたため、
その後よく氾濫し、処刑場などに使われた。
考えてみると歴史ものを見ると「三条河原・・・」なんて聞いたことがある。
余談ではあるが
平安時代の貴族の生活は風水に影響されていたことは知られており、
陰陽師という吉凶を占う職業もあったといわれている。
さらに鬼門(悪霊や怨霊の出入りする場所)である北東「うしとら」の方向には
延暦寺を、そして各方角に守りのお寺や神社が建立された。
また、裏鬼門を守っていたのが松尾大社といわれている。


京都の東北部を守るお寺
(比叡山 延暦寺)


















3.平安京についてへ進む


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(注意)
2013年6月までの旅行経験やその後の調査から2014年11月に作成しました。
状況が変化している場合や実際と異なる事も考えられるので
参考程度に自己責任のもとで調査してください。