京都旅行より 

三十三間堂近くのお寺「養源院」

三十三間堂のすぐ隣に建つ。
象や麒麟の「襖絵」に「うぐいす張り」の
廊下が魅力、何よりも有名なのが
戦国時代の悲劇を想わす「血天井」である。


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養源院の入口





養源院の場所
(三十三間堂を目指して行けばいい)


目次
(クリックするとジャンプします)


養源院とは?
歴史や魅力を紹介

養源院のまわりかた滞在時間

養源院の行きかた

養源院に訪れて
実際に訪れての感想








養源院とは?
1594年に創建された

豊臣秀吉の側室「淀君」が 父「浅井長政」の供養の為に
創建されたといわれる。しかし、その後焼失した。
お江により再建
その後 消失したが淀君の妹で徳川秀忠の正室
「崇源院(お江)」の願いにより1621年に復興
その後、徳川家の菩提所となり
歴代将軍の位牌が祀られている。
養源院の魅力・見どころ
落ち着いた雰囲気

三十三間堂など修学旅行生などで
賑やかであったが、養源院は
静かで落ち着いた雰囲気であった。
襖絵や石川五右衛門が捕まった「うぐいす張り」の廊下
麒麟や象 獅子などの襖絵、うぐいす張りの廊下
天下の大泥棒「石川五右衛門」は
ここで捕らえられたとか?
血天井
天井を見ると黒い染みがビッシリと付いている。
関ヶ原の合戦にて伏見城が落城
城を守った家康 配下の鳥居元忠とその家臣が自決
廊下がおびただしい血で染まった。
供養のためその床を天井として移築したのだ。


養源院のまわりかた滞在時間
こじんまりとしている

歴史あるお寺であるが、意外にこじんまりとしており
歩きまわるという広さではない。
滞在時間は30分位?
係員が「養源院の歴史」
「襖絵」や「うぐいす張りの廊下」「血天井」が説明
滞在時間は30分位ではないか?
三十三間などを拝観するついでに
養源院は三十三間堂にも近いし交通の便もいい。
自分は、三十三間堂に訪れるついでに立ち寄った。

養源院情報
拝観料が大人500円、9:00〜16:00
本堂内は撮影禁止と言われた。
(16年10月現在)
(詳しくは各自確認してください。)



三十三間堂に訪れるついでに訪れた



養源院の行きかた
三十三間堂から歩いてすぐだ

三十三間堂の南に向かって
左隣り(つまり東側)にある。
三十三間堂の東側の道を歩いて裏へ向かえば、
左手に養源院入口の門がある。
三十三間堂を目指して行けばいい。
路線バスで三十三間堂へ行くには

京都駅(206系統)や祇園(206、208系統)の
バスで三十三間堂前まで行けた。
100系統「観光百景チンチンバス」
京都観光に便利な市バスの一つ「100系統」
三十三間堂の他、京都駅、清水寺や祇園、銀閣寺近く
などをまわるのだ。シーズンは車内も多くの観光客でにぎわう
「観光百景チンチンバス」ともいうらしい。
運賃は市バスと同じ


便利な100系統路線バス


京都駅から徒歩
JR京都駅から七条大橋を渡って訪れることもできよう。
ざっと30分位ではないか?
車(マイカー)
養源院の駐車場を確認した。
ただ、このあたりはシーズンになると混み合う
桜や紅葉などハイシーズンは
ホテルや郊外に車を停めて、公共交通機関で
訪れた方がいいと思う。



養源院に訪れて
実際に訪れての感想をまとめてみました。
素朴に感じた

三十三間堂の次に立ち寄ったためか、入口は素朴で家庭的にも感じた。
本堂の中に入って、拝観料を払う。中はあまり広くないのか、まわれるエリアは狭く
係員の説明が主であった。


養源院入口の門

係員の分かりやすい説明があり

ある程度人が集まったら案内を始めるといった具合だった。
案内中に加わることも可能
豊臣秀吉のゆかりを感じた
このお寺に供養されている長井長政が豊臣秀吉の側室である淀殿の父だけに
豊臣秀吉に関係しているような説明だった。
杉戸絵
杉戸絵があり麒麟や獅子、象が描かれていた。
面白いのは、当時(1600年ちょっと前)に日本で麒麟や象、獅子など見た人など
ほとんどいなかっただろう。つまり、想像の動物として描かれていたのだ。
当時としては神聖なものだったのだろう。それをうかがえた。
うぐいす張り
興味をもったのはその、天下の大泥棒「石川五右衛門」がここの「うぐいす張り」で
捕まったとのことだ。そっと歩けば歩くほど音が響くらしい。
当時の防犯の工夫がうかがえた。
実際歩いてみたが思ったよりも音は響かなかった。
昔の京都は今よりも暗くて静かだったのだろう。
印象に残ったもの(血天井)
説明にもあるが上の天井は黒い染みが沢山ついている。「血天井」なのだ。

伏見桃山城の遺構であり、慶長5年(1600年)徳川家康の忠臣
鳥居元忠一党の自刃したときものもらしい。
ちなみに源光庵と正伝寺にも血天井があった。

血天井までのいきさつや
鳥居元忠のものと思われる跡や、
血の跡からどのように切腹し倒れたのか
など丁寧に説明してくれた。
戦国時代の悲劇を想うと心に残るものがあった。


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07年に旅行 2016年10月に再調査
(注意) 自分の経験から作成しました。
状況が変化している場合や実際と異なる事も考えられるので
参考程度に調査してください。