沖縄旅行より 本島南部 平和祈念公園
多くの戦跡が点在する南部戦跡でも中心的なスポットである。
沖縄戦の終結の地とされる摩文仁の丘にある公園
広い園内の真ん中には沖縄戦で犠牲になった人の名前が刻まれた
「平和の礎」そしてその両面には沖縄県平和祈念資料館と
各都道府県や団体の慰霊塔がたつ
今では静かな摩分仁の丘だが、かつては沖縄戦最大の激戦地であった。




沖縄戦の犠牲者を刻んだ「平和の礎」
平和祈念資料館から








トップ
沖縄旅行


いろいろ調べてお得な旅行をしよう!
格安沖縄旅行方法


平和祈念公園について
平和祈念公園とは?
沖縄戦終焉の地

第二次世界大戦末期の1945年 20万人以上もの犠牲を出した沖縄戦
その終焉の地にあたる「摩文仁」に作られた祈念公園
パネルや手記などで沖縄戦の悲劇を伝える資料館や犠牲者の刻んだ平和の礎
各都道府県や団体による慰霊碑など、その悲劇を語っている。
本島南部の戦跡をまわるなら必ずといっていいほど訪れる公園だ。
まわりかた
公園内はかなり広く、隅々までまわるとなれば半日は軽くかかるだろう。
興味があれば、それなりに時間をかけてまわりたいが短期間の沖縄旅行
「ひめゆりの塔」や「おきなわワールド」「斎場御獄」など本島南部だけでも
多くのみどころがある。短時間でまわるなら資料館を中心に見てまわりたいと思った。
所要時間
先にも述べたとおり、まともに見てまわれば半日ないし1日かかるかもしれない。
平和祈念資料館をまわって、平和の礎や慰霊碑など軽くまわって
1時間30分〜2時間位か?個人差による。


平和祈念資料館方面を望む


平和祈念公園への行きかた
南部を代表する観光スポットなので、本島南部をまわる定期観光バスなら
かなりの確立で立ち寄るだろう。個人で訪れる場合
那覇市内からはそれほど遠くはなく、レンタカーなら気軽に行けたし
路線バスでも行ける。


車(レンタカー)

那覇市内から車で40〜50分位だ。
国道331号線を走れば着く。公園は広いし多くの旅行者が立ち寄る場所で
分かりやすい。地図やナビがあれば迷うことはないと思う。
広い無料駐車場があり、内地から訪れる旅行者も多いのだろう。
レンタカーである「わ」ナンバーの車を多く見かけた。

路線バス
糸満市から路線バスがでている。
「平和祈念堂入口」というバス停がある。
那覇から訪れる場合 那覇バスターミナルから糸満バスターミナルへ行き
そこから琉球バス82番の玉泉洞・糸満線に乗れば行くことができる。
途中、「ひめゆりの塔前」にも立ち寄るので一緒に見てまわるにいいかもしれない。

定期観光バス
いくつかのバス会社は那覇から南部戦跡をめぐるツアーをだしている。
戦跡ツアーならほぼ確実に平和祈念公園に立ち寄るだろう。
ひめゆりの塔と同様、代表的なスポットである。
ただ、一応念のため、立ち寄るかは、確認はしたほうがいい。
インターネットでも予約できる。

タクシー
値段は高くともタクシーは便利だ。
観光タクシー
チャーターして利用するという方法、沖縄には多くの観光タクシーがあり
インターネットでも紹介されている。
例えば
那覇からおきなわワールドや平和祈念資料館などを4〜5時間位
かけてまわり小型車で12,000〜15,000円など
人数が集まればそれほど高くはないはずだ。


ひめゆりの塔と一緒に訪れるのもいいと思った。


沖縄県平和祈念公園情報
平和祈念資料館
入館料

入場料は07年の調査で大人300円 小人150円だった。
入館時間
9:00〜17:00で年末年始が休館日らしい。
公園内は無料だった。


平和祈念公園を訪れての感想
実際に訪れての感想をまとめてみました。
訪れる価値があった。

沖縄戦の悲劇を知るためや慰霊をするための公園や資料館なので
「楽しい」意味合いではないだろう。しかし、観光で訪れる価値は充分にあると思う。
現にひめゆりの塔と同様、多くの観光客が訪れていた。
資料館ではパネル展示や当時の遺品なども多く分かりやすいし
沖縄戦の証言を読んでいると、そのまま読み入ってしまい
男女老若問わず、真剣な目で読んでいる姿が印象的だった。
公園は広く、資料館も大きい
公園内は広く、園内バスも走っているとのこと。
(元気があれば歩いてもまわれた。)

3つのポイントに分かれてまわった
中心には平和の礎その両面に平和祈念資料館、慰霊碑がたつ。
ちょっと、平和祈念資料館をみるだけなら1時間もかからないくらいだが、
ゆっくりとみてまわると2〜3時間はかかってしまった。
所要時間は個人差による。

平和祈念資料館には訪れたい
(沖縄戦の悲劇の他 アメリカ統治時代や復興についての展示もあり)

向かって左手が平和祈念資料館である。ここは是非立ち寄りたい。
建物は大きく、中はとてつもなく広そうに感じるが、
常設展示はそうでもない。沖縄戦について中心に展示されているが、
戦争までの沖縄や、戦後復興とアメリカ統治下の沖縄についても
パネルや模型、その他、遺品など紹介されていた。
特に沖縄戦の状況についての展示は息をのむほどのものだった。
他にも住民が見た沖縄戦についての証言も書かれていた。
(戦後の復興についての展示)
沖縄戦についての展示が多いが、それ以前の沖縄や
それ後のアメリカ統治下や復興の様子についても紹介されていた。
いろんなことを考えさせてくれる。

あと資料館からの眺め、青い海に豊かな緑がすばらしいが
過去の歴史を思うと寂しさをも感じさせた。

平和の礎
中央部が平和の礎で、沖縄戦で亡くなった人の名前が刻まれている。
1995年に沖縄戦終結50周年を記念して造られた。
まず、その数の多さだ。20万人以上の名前が刻まれているのだ。
また、各都道府県や海外での犠牲者の名前が刻まれている。
多くの旅行者や修学旅行生が訪れていた。

慰霊碑
海に向かって右手が慰霊碑である。各都道府県や団体など
多くの慰霊碑が建っていた。碑の数が多いので自分の出身地(都道府県)
の慰霊碑に行って手を合わせた。
オフシーズンでもあるせいか、人はほとんどいなく、静かだった。


多くの慰霊碑が並ぶ


参考に
沖縄戦とは

太平洋戦争末期 アメリカ軍と日本軍の間で1945年の3月から7月までに起こった戦い。
4月1日に読谷、北谷にアメリカ軍が上陸し南北に分かれる南部が主戦場になる
アメリカ軍は戦闘を繰り返しながら南下し
6月23日摩文仁の丘で牛島司令官が自決し戦闘は終結した。
その間に日米の将兵の他、一般の住民も巻き込まれ
20万人以上もの犠牲をだしている。
その中で民間人も10万人近くの犠牲者がでた。
その中には、南部に追い込まれ、海に身を投げ出した者や
自決を余儀なくされたものもいたという。
ガイドブックの他、沖縄戦を伝える文献は多い。


ここは沖縄戦の激戦地であった。











トップ
沖縄旅行

06年に旅行07年8月に調査、作成
(注意) 自分の経験に基づいて作りました。
状況が変化している場合や実際と異なる場合もありますので
参考程度に自己責任のもとで調査してください。