沖縄旅行より  本島南部
旧海軍司令部壕

那覇市街地から近い戦跡である。
昭和19年に造られた日本海軍司令部の壕であり、長い壕の中には
暗号室や医療室など多くの部屋が掘られ、つるはしの跡や自決した手榴弾
の弾痕が残されている。そのなまなましい跡は戦争の悲惨さを感じさせた。
高台に位置しており壕から出た公園からの眺めはすばらしい。




旧海軍司令部壕の中
(通路や各部屋がそのままの形で残る。)








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旧海軍司令部の様子
当時のままに保存されている壕である

沖縄には多くの戦跡があるが、海軍司令部の壕は内部が公開され当時のままで
保存されている。戦中多くの兵士が立ったまま睡眠していたという。
そしてこの地では多くの将兵が玉砕したという。
今も手榴弾の跡などなまなましく残る。戦争の無残さを想わせる壕であった。
高台からの眺め
壕の上は海軍壕公園となっておいてここから那覇市街地や首里 海など
望むことができる。

旧海軍司令部とは
沖縄戦における日本海軍の司令部の壕である。

今の那覇空港 かつての小禄飛行場や海、那覇市街などを見渡せる
標高74mの高地に昭和19年8月から数ヶ月かけて掘られたといわれている。
そのほとんどが「つるはし」など手作業で掘られた。
壕内を歩くと今も無数の「つるはし」の跡を見る。
ちなみに
琉球王朝時代は「火番森 ヒバンムイ」といわれ
入港する船を知らせていたという。
長さ約450mといわれるかまぼこ型の壕
中には幕僚室や医療室、司令官室などが残されており、
約4000人の兵士が収容されていた。
昭和20年3月に沖縄戦、6月13日には壕司令官以下幹部6名が自決を
遂げたといわれる。
その後しばらく放置され、何回か遺骨を収容したあと復元し
昭和45年に約300mが公開された。


壕の中には無数の「つるはし」の跡が


旧海軍司令部壕へ行くには?
那覇から車で20〜25分ほど
路線バスも出ている


車(レンタカー)

場所の近さから、私は那覇市内のレンタカー会社で車を借りて最初に、
旧海軍司令部壕へ向かった。
那覇市街から近く、20分もあれば着くのだが、少々ゴチャゴチャしているために
道に迷った。ナビがあったのだが使い慣れていなかったことと、
地図を開いても道が分かりにくいのだ。
ただ、慎重に地図(ナビ?)をたどれば着けるはず、
特にレンタカーを使い始めてすぐなら落ち着いて行動することを
すすめる。無料駐車場あり
路線バス
那覇バスターミナルを始め、那覇市街から路線バスもでているそうだ。
06年では豊見城城址公園前(那覇BTから25分とのこと)に下りて徒歩10分程度で
行けるらしい。予想では糸満方面へ向かうだろうか?
那覇から旧海軍司令部壕に立ち寄り、そこで那覇に戻るというか、
そこから「ひめゆりの塔」や「平和祈念公園」へ向かう人が多いのではないか?
行けないことはないだろうが、路線バスは複雑で分かりにくいのも事実だ。
下調べをしたほうがいいかも?
定期観光バス
那覇から、本島南部をまわる日帰りツアーで旧海軍司令部壕が含まれている
ことがある。(というか多い?)自由が制限される反面、効率よくまわれる
のでおすすめの一つではある。
定期観光バスはインターネットなどで調査し申し込めることが多い。
南部戦跡めぐりのツアーで5000円弱くらいだと思う。
いくつかのツアー(定期観光バス)があるので、
本当に旧海軍司令部壕をまわるか、自分の希望通りにまわれるか
各自調べてください。
タクシー
値段は高くともタクシーは便利だ。
南部を観光する観光タクシーもあるので、人数が集まれば安くはなる。

旧海軍司令部壕の情報
入館料

入場料はで大人420円 小人210円
ゆいレール1日券を提示すると大人340円 小人150円になると聞いた。
開館時間
7〜9月 8:30〜17:30
10〜6月 8:00〜17:00
年中無休
とのこと
2011年2月の調査による今後の変更もあるので最新の情報を確認してください。

所要時間

資料館と壕の中に入り海軍壕公園に出るのが一般的なコース
個人差もあろうがだいたい30〜40分位ではないか?


旧海軍司令部壕に訪れて
実際に訪れた感想をまとめてみました。

最初に資料館に入る

まず最初に資料館に入るのだ。パネルの写真展示や壕から出てきた
「つるはし」や水筒、食器類 銃器などの遺品が展示されていた。
司令部の経過表もあり、それほど広い資料館ではないが
数多い展示物がある。


旧海軍司令部壕入口の様子

壕に入る

壕の中に入る。狭いかまぼこ型の通路だ。
明かりはあるものの、薄暗い。
迷路のように入り組んだ壕の中には、幕僚室や司令官室
暗号室、医療室などがあり、説明文が書かれている。
幕僚室にある自決したときの手榴弾の弾痕跡が生々しい。
あとは当時は450mほどの通路があり、そこに4000名ほどの兵士が
詰め込まれ、通路もいっぱいで立ったまま寝ていたという、
出口があり、そこから出撃した兵士はほとんど帰ってこなかったという。
通路には「つるはし」のあとが無数に残されていた。
戦争の酷さをはだで感じることができた。

   
資料館から壕へと続く階段                        司令官室の様子


壕から外を見る ここから出た兵士はほとんど帰ってこなかったという。

海軍壕公園

壕の上には広い海軍壕公園 そして慰霊塔が立つ。
ここでお参りをする。
緑豊かな公園で、ここから眺める那覇市街地や海はすばらしく
平和のすばらしさを実感した。












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06年に旅行07年8月に調査、作成
(注意) 自分の経験に基づいて作りました。
状況が変化している場合や実際と異なる場合もあるので
参考程度に自己責任のもとで調査してください。