沖縄旅行より(2日目)
レンタカーで本島南部に訪れて

(那覇からレンタカーで本島南部をまわる)
沖縄旅行も2日目那覇から、3日間のレンタカーで
本島1周ドライブをする。初日は本島南部、旧日本海軍司令部壕
ひめゆりの塔、平和祈念公園、そして斉場御嶽をみた。
昼は山羊の刺身定食を食べてみた。
夜は沖縄市(コザ)に訪れる。


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平和の礎を望む
(平和祈念公園)



旅行記(本島南部ドライブ)
那覇から国道331号線を主に
旧海軍司令部壕→喜屋武岬→ひめゆりの塔→平和祈念公園→山羊料理の昼食
→斉場御嶽→沖縄市(コザ)に泊まる
沖縄戦をの戦跡と琉球王朝の聖地、そしてアメリカと沖縄文化が融合した街に訪れた。



沖縄旅行記2日目
那る。)
(06年2月17日(金))

那覇の朝
 5:30に起きてしまう。外はまだ暗い、風がピューピュー吹いている。
朝食を食べようと市場通りへ行くが、シーン、 
ほとんどの店のシャッターが閉まってた。たまたま、通りががったガードマンの
人に聞くと20年ほど前は商店の2階に人が住んでいて、朝から開く店があったが、
今はここに朝食を食べるようなところはないという。 
函館の朝市の感覚で早朝に訪れたが、甘かった・・・
 朝食を食べるところがないか早朝の那覇をてくてく歩く 喫茶店を見つけ中に入る。
テレビゲームの台がテーブルだった。そこで、ホットケーキセットを注文、
店内にてピコピコと音がしている中、朝食を食べる。しかし店内は懐かしい雰囲気だ。
7:00頃明るくなる。宿に戻り荷物をまとめて、レンタカー会社まで、またてくてくと歩いて行く。
レンタカーで沖縄ドライブへ出発!南部戦跡めぐり
旧日本軍司令部壕へ
 7:50トラベルレンタカーのオフィス着、オフィスの前にて車をピカピカにみがいて用意してくれた。
車はダイハツのブーン(1000cc)ナビ付きだ。レンタカー会社の説明を聞いて、
8:00過ぎ出発!沖縄ドライブ!
今日は南部戦跡めぐりと、斉場御嶽を見物後、沖縄市で泊まる。
道に迷い迷い(元祖道路マップ派なのでナビが使い慣れてなかった!)
旧日本軍司令部壕に着く、司令部壕は丘の上にあるといった感じだった。
修学旅行の高校生達が目立った。最初に実際に使われたツルハシなどの
展示館となっており、その後壕の中に入る。壕の中は迷路のようになっており、
ところどころに部屋があるのだ。
ツルハシの跡のようなものが無数にある。戦中通路では多くの兵隊が座る場所もなく
壕の中にとどまっていたこと、壕出口には、ここから出撃して帰ってきたものは
ほとんどいなかったと書かれていた。
自決に使われた手榴弾の破片の跡もあった。


旧海軍司令部壕の入口
(沖縄旅行より)


喜屋武岬
 次に糸満市を抜け沖縄本島最南端、喜屋武岬へ
途中国道から抜けてサトウキビ畑の田舎道を走る。沖縄らしさを感じた。
喜屋武岬に到着、駐車場や公衆トイレ、案内板、碑などあった。
そこは断崖絶壁の岬である。
戦時中逃げ場を失った人がここで身を投げたという悲しい歴史をもつ岬である。
まわりはサトウキビ畑の誰もいない静かな岬であった。


喜屋武岬
(沖縄旅行より)


ひめゆりの塔
 再び国道に入り、次にひめゆりの塔へ、そこは多くの観光客や修学旅行生で賑やかだった、
塔の隣にあるひめゆり平和折念資料館に入る。館内も多くの旅行者がいたが静かであった。
中は戦前の女学生の明るい学校生活から、看護要員として戦地に赴いたときの状況、
遺品などが展示してあった。 ここに運ばれた負傷兵たちもほとんど復帰することがなかったという。
また、亡くなったひめゆりの少女たち1人1人の写真が展示されている部屋があり、
どのように亡くなったのか書かれていた。胸がこみあげてくる思いがした。
 元ひめゆりの人がいて当時の話をしてくれた。
食事もピンポン玉のようなおにぎりが1日1個、看護でほとんど寝ることもできなかったこと、
また、亡くなった母親におっぱいをねだる子供や、どうしようもなくそれを見てみないふりをする人々など
 戦争が終わったことを知ると泣き崩れたという。
少しでも早く終っていればどれだけの人が助かったのだろうかと。
 外に出て再度ひめゆりの塔へ塔の前は病院として使われたガマ(洞窟)がある。
そこで手を合わせる。


ひめゆりの塔とその奥にある資料館
(沖縄旅行より)


平和折念公園
 次に平和祈念公園へ、沖縄戦最後の激戦がおこなわれたところである。
広い公園で平和の礎や資料館には多くの観光客や修学旅行生がいた。
海に向かって右手の丘に各都道府県の慰霊碑、左手に沖縄県平和祈念資料館、
真ん中に平和の礎のある。
まず各都道府県の慰霊碑へ、地元の慰霊碑に行ってお参り、
次に平和の礎へ沖縄戦で亡くなった人の名前が刻まれている。
国や各都道府県ごと数多くの名前が刻まれている。韓国やアメリカ等外国の人の名前も多く刻まれていた。
思わず、刻まれた名前に指をあててしまう。
平和祈念資料館では、写真や画像を通して沖縄戦の悲惨さについて詳しく説明されていた。
また、戦前や戦後の沖縄についての展示もあり、興味をそそぐものであった。
山羊の刺身
 平和祈念公園から車で少しいったら仲地山羊料理店という店があった。
Uターンしてそこに入る。地元の定食屋のような雰囲気で、地元ふうの人もいた。
沖縄の民謡がながれ雰囲気がいい。山羊の刺身を注文、山羊の汁もだしてくれた。
初めて食べる山羊料理、ちょっと臭みがあるけどけっこういける。
帰るときおばあから黒糖をもらう。さとうきびから作られ、沖縄ではよく食べられるのだ。


素朴な感じの店でよかった。
(沖縄旅行より)


斉場御獄
 斉場御獄へ行く、国道から入ったちょっと分かりにくいところにある。
琉球の祖アマミクが定めた七聖地のひとつといわれており、
昔は限られた人しか入れなかったと言われている。うっそうとした
森の通路を通る。三庫理というところでは大きな鍾乳石がありその下に拝所みたいなものがあった。
また、鍾乳石の三角形トンネルがあってそこをくぐると、
久高島を望むことができる。これといった建物があるわけでないが、
何か神聖なものが感じられた。近くにニライカナイ橋がある。
沖縄では、海のはるか彼方にニライカナイといういわゆる(極楽浄土)
があるという伝説がある。


斉場御嶽(三庫理)
(沖縄旅行より)


沖縄市(コザ)へ
 沖縄市へ向かう途中スーパーでシークワーサドリンク(沖縄のミカン?)を買った。
ちょっと興味をもったがスーパに(1$=110円)というようにレートの書かれた張り紙がしてある。
 20:00頃沖縄市に入る(ゆっくりしすぎて遅くなった)1泊2000円の安宿に電話をし入る。
駐車場の心配もあるし、町中は車での宿探しは難しい夕飯(飲み?)に沖縄市街地へ、
嘉手納基地の近くだけあり、アメリカ人だらけだった。
 アメリカ旅行をしている感じだ。
空港通りを歩くと気さくなアメリカ人が声をかけてくれたりした。
(が言葉がほとんど通じない)、アイルランド料理の店に入る。
バーといった感じで店内はほとんどアメリカ人、賑やかである。
ここは日本なのか?といった感じだった。黒ビールにポテト、チキンを注文、
最初緊張したが(ちょっとこわかった)、なれてくる。
隣に座ってる人と話をする。カルフォルニアから来た22歳の人で、
体は大きい、自分の方が子供に見えてしまう。次のバーではアップルパイとタイビールを注文、
ここもアメリカ人だらけで賑やかだった。みんな、気さくであった。
ほろ酔い気分 歩いて宿に戻る。

 感情的かもしれないが、 何か
          平和の尊さを感じられた・・・

1日の出費(2/17(金))
朝食のホットケーキセット 500円 レンタカー2泊3日11650円
コンビニでコーヒ208円  旧海軍地下壕420円+おさい銭10円
ひめゆりの塔300円  摩文仁の丘平和祈念資料館300円
昼食の山羊さしみ定食1100円  牛乳63円
シークワーサドリンク158円  バス ゴザ〜ござ十字路140円
沖縄市のバーでアイルランド料理1550円  沖縄市のバーで黒ビールとパイ850円
沖縄市の安宿(シングル)2000円
                             合計7599円+レンタカー11650円
 


沖縄旅行3日目へ進む
沖縄市(コザ)から本島中部をドライブ
嘉手納基地を望む「安保の見える丘」に座喜味城跡、残波岬
そして恩納村のビーチ(リゾートエリア)万座毛など観光する。
やんばるまで行ってそこでキャンプをした。

基地問題、琉球王朝、南国リゾートを感じさせた。

沖縄旅行1日目に戻る
羽田空港から那覇に到着、早速 首里に訪れ守礼門や首里城見物
夜は国際通りで沖縄民謡と琉球料理を楽しむ。



2日目の旅行より

那覇 朝の国際通りは静かだった。
夜はあれだけ賑やかな国際通り 朝はシーンとしていた。
朝 その周辺を歩いてみたが寂しかった。
本島南部戦跡めぐりの他
沖縄本島南部には「ひめゆりの塔」や「平和祈念公園」などの
戦跡めぐりが有名だが、他にも「ひめゆりパーク」とか沖縄ワールド
玉泉洞といった観光スポットもある。今回は時間がなく行くことができなかったが
面白そう、機会があったら行ってみたいものだ。
また、レンタカーの他、本島南部に訪れる定期観光バスもみた。
ゴヤ(胡屋)の交差点とコザの交差点
細かいようだが、沖縄市にはゴヤ十字路とコザ十字路というのがある。
混乱したのだ。車(レンタカー)の場合郊外なら便利だが
街中は注意したいものだ。
(ちなみにゴヤ(胡屋)が中心部だったと思う。)
路線バスなら胡屋というバス停に下りればよかった。
他にも
那覇市など一方通行などの問題もあろう。
捕まっても知らなかったは許されない。
運転前によく確認しておきたかった。
沖縄市(アメリカ文化と沖縄文化の融合)
沖縄市(コザ)は観光地というよりアメリカ文化と沖縄文化の
融合を楽しむによかった。嘉手納基地の玄関口だけに日本人
の他多くのアメリカ人もいた。





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06年に旅行07年8月に調査、作成
(注意) 自分の経験に基づいて作りました。
状況が変化している場合や実際と異なる場合もありますので注意してください。